なぜ今、人的資本経営なのか?
白河桃子氏による連載コラムの第2弾「働き方改革x人的資本経営最前線(全6回)」では、ビジネスパーソンの方へ、今更聞けないさまざまなワードを読み解きながら、働き方改革や人的資本経営の最前線を分かりやすくお伝えします。
そもそも人的資本経営とはなにか?「人的資源」は人に対する「コスト」管理という考え方です。「人的資本」は人への投資です。つまり投資した分のリターンが重視されます。人的資本の背景になる人材版伊藤レポートにはこうあります。
「人材の「材」は「財」であるという認識の下、持続的な企業価値の向上と「人的資本(Human Capital)」について議論したものである」
ただの「働きやすさ」ではなく、あくまで企業価値向上の戦略であることが書かれています。
もうひとつは
「持続的な企業価値の向上を実現するためには、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠である」
人事に丸投げではなく、経営と一体となって取り組むべしということですね。
これまで女性活躍も、働き方改革も同じで、「経営企画」「社長直轄」とトップの熱量高く、一緒にやったところはうまくいきました。つまり「人的資本経営」とは「女性管理職比率は何%です」「研修育成にこれだけ投資しています」という数字を示すだけではだめなのですね。数字を出すことはまず一歩で、その数字が何を表しているのか、未来はどうなりたいのか、企業は語って欲しい。開示をすることで、企業が「従業員」というステークホルダーをどう捉えているかがしっかりと炙り出されるわけです。
「戦略」や「ビジネスモデル」には熱心でも「人的資本」には、興味のない経営者は少なくありません。しかしどんな優れた戦略があろうと、実行していくのは人です。
「ビジネスのアイデアなどは、結構良いものが出るのですよ。でもそれをビジネスとして実装して成果を出すまでにするのは、やはり人の力です」これはある名経営者から聞いた言葉ですが、なるほどと思いました。
「人的資本経営」とその開示義務について、まだまだ日本企業各社は手探りの状態です。先日、人的資本経営の開示について、統合報告書1,000社、海外指数採用企業330社、3月決算企業2,325社の有価証券報告をマニアックに読み込み、今その発言が非常に注目されているUnipos株式会社 代表取締役社長CEO・田中弦さんと情報交換をさせていただきました。
田中さんは、「人的資本経営とは、開示だけが目的ではなく、いかに人的資本について継続的に「開示」しつつ、いかに人的資本を「活用・改善」するかという点が押さえるべきキーポイントではないでしょうか」と言っています。
ただの数字の羅列ではなく、企業が人をどう生かし、どんな企業風土なのか?また企業風土をどのように変えようとしているのか? それが伝わるのは「良い開示」となります。田中さんも「企業カルチャー」は、「企業の真の競争力の源」と言っています。
統合報告書でその企業の「人」への考え方がかなり赤裸々に開示されます。例えば主語が「会社」なのか、「社員」なのか。田中さんが高く評価しているみずほフィナンシャルグループの統合報告書では「会社が主語ではなく社員が主語」になっています。
みずほFGが近年、優秀な女性の中途採用をしています。なにか動きがあるとは思っていたのですが、田中さんによれば「企業風土改革を成功させよう、そのための人的資本経営をしよう」という宣言が強く打ち出されていました。
そしてもう一つ、田中さんが評価するのは「開示に独自の指標」がある会社です。経産省が推奨する19項目や有価証券報告書の開示が義務となっている「男女賃金格差」「男性育休取得率」などを淡々と開示するだけではなく、今は悪くても経年変化や目標値、そこに至る道筋などがあると、「この会社は人に本気なのだ」とわかります。さらに独自のKPIが示されていると、何が目的で、どんな風土を目指しているのか、よりわかりやすいでしょう。
更に、田中さんが好事例とするみずほFGや丸井などは「社員が主語」の独自指標の開示があります。
「働き方改革」に関しては、みずほFGは「働き方見直しを実行に移せるか」に対して97%の社員がYESと答える独自指標を開示しています。施策を上から押し付けても現場がしらけている例はよくあります。この指標を開示することで社員はどう思っているのかが明確になる、これは社内外どちらにも「やるぞ」という宣言になっています。人的資本経営の戦略の実効性の指標にもなりますし、変わらなければというメガバンクの危機感が大きいこともわかります。
ダイバーシティ経営で高く評価されている丸井グループは、徹底的に社員が主語です。「自分が職場で尊重されていると感じるか」「自分の強みを活かしてチャレンジしている」など3つの指標があります。上記はまさに「心理的安全性」の指標ですね。
人的資本経営には「心理的安全性」が欠かせません。社員が自らキャリアを考え、チャレンジし、自ら「変革の徒」となろうとする、そのためには必須の項目です。
心理的安全性とは:「チームにおいて、他のメンバーが自分が発言することを恥じたり、拒絶したり、罰をあたえるようなことをしないという確信をもっている状態であり、チームは対人リスクをとるのに 安全な場所であるとの信念がメンバー間で共有された状態と定義」(エドモンドソン 1999)
グーグルによって「一番生産性が高いチームは心理的安全性が高い」ことが証明され、近年注目されている。
「心理的安全性」とは褒め合うだけのぬるい職場のことではありません。むしろ「チャレンジ」を促される厳しい環境でもあります。自分がそのチームにいて安全で、尊重されており、質問したり発言したことについて誰も罰を与えない。そんな環境があってこそ、人は思い切りチャレンジできます。
心理的安全性はイノベーションにも欠かせませんが、リスクマネジメントにも必須です。心理的安全性がない職場では間違いは正されず、不祥事は報告されず、大きなリスクとなるのです。
人的資本経営を考える際、まずは「自分の職場に心理的安全性があるか」というところからスタートしてみてはいかがでしょうか?
[2023.09.21公開]
* みずほフィナンシャルグループ 「統合報告書(ディスクロージャー誌)」
* 丸井グループ 「丸井グループの人的資本経営#1 ~企業文化の変革~」
* 経済産業省 「人材版伊藤レポート2.0」
いま求められる、従業員間のコミュニケーションの向上とシナジーの創出が体感できる「出社したくなるオフィス」。各社様の工夫をぜひご参考にされてください。
ダウンロードはこちら