フリーアドレスとウェルビーイングの関係 物理的な自由は職場満足度を高める?

フリーアドレス 従業員のウェルビーイング

近年、企業の持続的成長のために、従業員の健康やウェルビーイングへの関心が高まっています。
本記事では、オフィスにおけるフリーアドレス化が従業員のウェルビーイングにどのように貢献するか、さまざまな資料やデータを元にわかりやすく解説します。

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「ウェルビーイング」ということばをよく耳にするようになってきました。
経営・経済の世界でもウェルビーイングの概念が浸透しつつあり、経済的な豊かさだけを求める価値観に変化が生じています。そうした動きに伴い、ウェルビーイング向上に向けた国や企業による取組みも広まってきました。

では、オフィスでウェルビーイングを実現するにはどうしたらいいのでしょうか。その鍵の1つがフリーアドレス化です。

ウェルビーイングとフリーアドレスの関係について考えます。

ウェルビーイング経営の広まり

政府は2021年7月に「Well-beingに関する関係府省庁連絡会議」を設置し、ウェルビーイングに関する取り組みの推進に向けて、省庁横断的な展開をはかっています。*1:表紙
まず、その動向を探ります。

ウェルビーイングとは

厚生労働省は、「雇用政策研究会報告書」で、ウェルビーイングを以下のように定義しています。*2:p.1

    個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念

同省は、この報告書のなかで、就業面でのウェルビーイング向上の重要性を指摘しています。

企業における関心の高まり

企業でも、従業員の健康やウェルビーイングへの関心が高まっています。*3:p.3

経済産業省が実施している健康経営度調査への回答企業の数は2014年には493件でしたが、2020年には2,523件と約5倍に増加しました(図1)。

図1:健康経営度調査の回答企業数
(出所:公益財団法人 地方経済総合研究所 「幸せの「見える化」による豊かさと 持続可能な地域社会の実現に向けて」 p.3)

従業員が働く上で重視すること

従業員も、テレワークの普及などによって働き方が大きく変わり、健康やウェルビーイングに対する意識が高まっていると推測されています。*3:p.3

厚生労働省が2023年3月に行った「第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」では、従業員に対して、働く上で重視することを尋ねました。その回答結果が以下の図2です。*4:p.11

図2:従業員が働く上で重視すること
(出所:内閣府 「第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における 生活意識・行動の変化に関する調査」 [2023年4月19日] p.11)

図2をみると、「テレワークやフレックスタイムなど柔軟な働き方ができること」「給料の額」「就業形態」といった人事施策に関連する項目以外では、「職場の人間関係・雰囲気 」を挙げた人が多く、特に年代が若い人ほどその傾向が強いことがわかります。

また、さまざまな調査結果からも、職場での人間関係が仕事の満足度に大きな影響を与えることが指摘されています。*5:p.81, *6:p.60

では、職場でのコミュニケーションを活発にし、人間関係や雰囲気によい影響を与えるためにはどうしたらいいのでしょうか。
そのソリューションの1つがオフィスのフリーアドレス化です。

フリーアドレスのこれまでの流れと効果

席を自由に選んで座ることのできるフリーアドレス・オフィスの導入は、日本のオフィスにおけるこの十数年での最も大きな変化だと、オフィス学の研究者・稲水伸行氏は指摘します。*7:p.54

フリーアドレスのこれまでの流れから、フリーアドレスとウェルビーイングの関係を探ります。

空間利用の効率化

フリーアドレス・オフィスの効果には大きく分けて2つあると考えられています。*8:p.5

1つは、空間利用の効率化(コストの削減)です。例えば、外回りの多い営業部門のオフィスでは、日中の在席率はかなり低いのに、全員に1つずつ席を割り当てていると、日中に使われていない空間がかなり広くなってしまいます。

そこで、個人用デスクを共有デスクにすれば、デスク数やオフィス空間を絞って空間利用効率を上げることができます。
国土が狭く、東京に事業活動が集中している日本では、空間利用の効率化は重要な問題です。

そのため、フリーアドレスは、以前はスペースの有効活用が目的とされることが多かったのですが、最近では別の効果も注目されています。*7:p.54

コミュニケーションとコラボレーションの向上

もう1つの効果は、コミュニケーションやコラボレーションの活性化です。*8:p.5
フリーアドレスは席が固定されておらず自由に場所を選んで仕事ができるので、誰かと話をしたいと思えば、その人のそばに行って気軽にコミュニケーションをとることができます。また、周囲の顔ぶれが日々変わる可能性があるため、思いがけないコミュニケーションが自然発生する可能性もあります。

1970年代初頭にアメリカで行われたオフィス実験があります。*7:p.54
その実験では、ある大企業の生産技術部門でレイアウトを変える実験を行いました。実験前のオフィスは個室に区切られていましたが、全ての壁を取り払い、全ての席を共有にして、フリーアドレス化を図ったのです。

その結果、ほとんどの従業員が以前に比べてオフィス内を動き回るようになり、自由に動き回ることで周囲の顔ぶれが変わり、ふだん話をしなかったような人とも活発にコミュニケー ションが行われていました。

オフィスワークの変化とフリーアドレス

最近、フリーアドレスの導入が進んでいます。
サイオステクノロジー株式会社が2022年に行った「フリーアドレス職場調査」によると、フリーアドレスの座席割合は60.8%で、固定席よりも多く設けられていました。*9

「オフィス環境とオフィスワーカーの生産性」を専門とする研究者、古川靖洋氏は、その背景として、オフィスワーカーの仕事のし方そのものが変化してきていることを指摘しています。*10:p.2

現在はオフィスでもICTの利用が急速に進み、オフィスワーカーは様々な情報を使って個別に業務に取り組むことが多くなってきました。従来は、分業型情報処理の形で行なわれていたオフィスワークが、こうして協働型知識創造の形へ高度化したのです。

このような業務内容の変化や高度化とともに、フリーアドレスを導入する目的も、効率性向上を目指したものから、コミュニケーションやコラボレーションの活性化やオフィスワーカーの創造性の発揮、オフィスワーカーのモラル向上といったものに変化してきています。

フリーアドレスはウェルビーイングにつながるのか

では、フリーアドレスの導入は、実際にオフィスワーカーの満足度に寄与し、ウェルビーイングにつながるのでしょうか。

これまでの研究で、テレワークは従業員の満足度を高めることがわかっています。
それに対して、フリーアドレスはオフィスワークが前提ですし、固定席の環境に比べて業務スペースが縮小し、帰宅時にはデスクの上に自由に物を置くことができないことが多く、従業員のモチベーションに悪影響をおよぼすおそれもあります。*11:pp.41-42

そこで、経営学・組織改革を専門とする研究者、木下巌氏と比嘉邦彦氏は次のような仮説を立て、フリーアドレス化を導入して検証を行いました。

オフィスワーク部門のオフィスを、ITを用いてフリーアドレス化して省スペース化しても、従業員のモチベーション(=自分の士気を高めてやる気を出す力)の維持(低下の防止)が可能である。

このオフィスでは、フリーアドレス化の前は全ての社員がデスクトップのコンピュータを使っていましたが、ハードディスクを暗号化したノートパソコンに一新し、社内システムが利用できる環境を整えて、 どこへでも持ち運べる機動性を確保しました。

実験検証の結果、コミュニケーションは垂直(上司と部下)でも水平(部下同士)でも、全職的に活発であったことがわかりました。
両氏は、常にデスクの上にあった書類がなく人との距離が近くなったこと、ノートパソコンに変えて機動性が増したことによって、コミュニケーションが容易になったことがその要因ではないかと分析しています。

職場の満足度については、第1回の意識調査では、協力社員(派遣社員・外注)と管理職、現場のリーダーは高かったものの、それと比較して一般正社員はやや低いという結果でした。*11:pp.47-48

しかし、実施後8か月を経過した時点で行った第2回の意識調査では、コスト削減を実感しつつもコミュニケーションは低下しておらず、ITの有効活用も情報共有化も良好で、その結果、満足度も維持されていました。

したがって、この研究からは、フリーアドレス化が従業員のウェルビーイングに寄与することが窺えます。

さらなるウェルビーイングの向上に向けて

上述の古川氏は、新しいオフィス環境に変えることは、メリットと同時にデメリットが生じるおそれもあり、そのための施策を継続的に行うことが大切だと述べています。*10:p.11

たとえば、上述の木下巌氏と比嘉邦彦氏の研究では、垂直・水平ともにコミュニケーションが活発に行われ、それが職場での満足度を高めているという結果が得られています。

しかし一方で、フリーアドレスの導入によって、必要なコミュニケーションをとりたい人がみつからなかったり、日常的なコミュニケーションを行なう場所の移動や変更を強いられたりすることが、コミュニケーションに関する満足度の低下につながることを指摘する研究もあります。

そうした問題を改善するためには、例えば、コミュニケーションを図りたい相手が現在、オフィスにいるのか、在宅勤務なのか、出張中なのかを把握することができ、相手がどこにいてもコミュニケーションが図れるデジタルツールを活用することも有益です。

また、新たなシステムや技術を導入するだけでなく、ワーカー全体がそれに取り組む強い意志をもつ必要があると、古川氏は述べています。

このように、デジタルツールの活用とともに、新たなシステムに対する理解と意識が職場に浸透することによって、フリーアドレス・オフィスがよりよく機能し、ウェルビーイングのさらなる向上につながるでしょう。


[2023.06.30公開]

出所一覧

*1) 内閣府政策統括 「関係府省庁におけるWell-being関連の 基本計画等のKPI、取組・予算(概要)」 [2022年10月] 表紙

*2) 厚生労働省雇 用政策研究会 「雇用政策研究会報告書 人口減少・社会構造の変化の中で、ウェル・ビーイングの向上と生産性向上の好循環、多様な活躍に向けて」 [2019年7月] p.1

*3) 公益財団法人 地方経済総合研究所 「幸せの「見える化」による豊かさと 持続可能な地域社会の実現に向けて」 p.3

*4) 内閣府 「第6回 新型コロナウイルス感染症の影響下における 生活意識・行動の変化に関する調査」 [2023年4月19日] p.11

*5) NHK 「仕事の満足度を左右するのは、仕事の内容か、人間関係か~ISSP国際比較調査「仕事と生活」・日本の結果から」 p.81

*6) 米田幸弘 「日本人の働く意味の変化―国際比較の視点から」 p.60

*7) 稲水伸行(2019)「活動に合わせた職場環境の選択が 個人と組織にもたらす影響 ─ Activity Based Working/Office とクリエイティビティ」(日本労働研究雑誌) p.54

*8) 稲水伸行(2013)「ワークプレイスの多様性・柔軟性・統合性:日本マイクロソフト社の品川オフィス 事例」組織科学, 47(1) p.5

*9) PR TIMES 「サイオステクノロジー、「フリーアドレス職場調査」結果を発表~オフィスのフリーアドレスと固定席の比率は6:4、使用状況の可視化が運用管理のポイント~」 [2022年9月27日] p.54

*10) 古川靖洋 「フリーアドレス・オフィスとオフィスワーカーの生産性:再考」(Journal of Policy Studies No.48 (November 2014)) p.2, p.11

*11) 木下巌・比嘉邦彦 「日本企業の例にみるオフィスワーク部門へのフリーアドレス制を適用したオフィス改革に関する研究」(日本情報経営学会 誌 2009 Vol.30 No.2)pp.41-42

著者横内 美保子
博士(文学)。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。
高等教育の他、文部科学省、外務省、厚生労働省などのプログラムに関わり、日本語教師育成、教材開発、リカレント教育、外国人就労支援、ボランティアのサポートなどに携わる。パラレルワーカーとして、ウェブライター、編集者、ディレクターとしても働いている。

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