【働き方改革x人的資本経営最前線】
第5回:ピープルマネジメント 部下の指導から支援へ

ピープルリーダー マネジャーの役割 管理職改革

なぜ今、人的資本経営なのか?
白河桃子氏による連載コラムの第2弾「働き方改革x人的資本経営最前線(全6回)」では、ビジネスパーソンの方へ、今更聞けないさまざまなワードを読み解きながら、働き方改革や人的資本経営の最前線を分かりやすくお伝えします。

最近マネジメントの役割が変化していることを感じているのはマネジャー自身です。複雑化する案件、どんどん難しくなる多様な部下のマネジメント、育成。「以前よりも要求されることが多くなった。負担が重い」と感じています。そんな上司をみながら「管理職になりたくない」と感じる若手も少なくはありません。過去の経験則が通じた時代は、プレイヤーとして優れた人がマネジャーとなり、OJTで部下を導く、または自身がプレイングマネジャーとして成果を出す。そんな管理職が多かったのですが、部下の「管理」から「支援」へと大きく時代は変わっています。そしてうまく役割が転換できないことがマネジャーの苦しみとなります。

変化に適応できず「変化を拒む人」を私は著書「働かないおじさんが御社をダメにする」の中で「おじさん」と呼びました。英語では「フローズンミドル」というそうです。リンダ・グラットン(「ライフシフト」著者)らが書いた「リーダーシップの転換点:部下の管理監督から成長支援へ」という論考があります。注目すべきはマネジメント役割の転換です。リンダ・グラットンらは世界60社の企業幹部に調査し、「マネジャーたちが不満と疲弊に苛まれている」ということを確信しました。日本だけの問題でないのです。

論考にある 「マネジャーからピープルリーダーへ」というマネジャー役割の変化を記した図表がわかりやすいので、3つの主な役割の変化を見てください。

マネジャーからピープルリーダーへ

権力のシフト:「私」から「私たち」へ

私のチームが私を成功させてくれる。
チームを成功させるのが私の役割だ。
私が評価されるのは、ビジネス上の目標を達成した時だ。
メンバーのエンゲージメント、インクルージョン、スキルを向上させることによっても、私は評価される。
メンバーの他部署への異動は、私がコントロールする。
私は社内で人材のスカウトとして活動し、メンバーが部署外での業務に流動的に就けるよう支援する。

スキルのシフト:業務の監督者からパフォーマンス向上のためのコーチへ

私は業務を監督する。
私は成果を把握する。
事前の達成目標に照らして、メンバーの評価を行う。
メンバーが潜在能力を存分に発揮できるようコーチングを行い、私のマネジメントに対するフィードバックも求める。
業務に関する指示を発し、上層部からの情報をメンバーに伝達する。
メンバーに刺激を与え、物事の意味付けを行い、情緒面での支援を提供する。

組織構造のシフト:固定的で物理的な環境から流動的でデジタル空間の環境へ

物理的な職場で固定的な役割を担う人たちによって構成される固定的なチームをマネジメントする。
チームは流動的で、職場はデジタル空間の環境。
目標を設定して、毎年1度、目標の達成を点検する。
重要なことに関してはたえずガイダンスを行い、パフォーマンスについてフィードバックを提供する。
メンバーと毎年1度、キャリアに関する話し合いを行い、次の昇進について議論する。
メンバーにたえず再研修をほどこし、キャリアに関するコーチングを継続する。

出所:リーダーシップの転換点:部下の管理監督から成長支援へ(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(2022年5月号)より作成

まずは主語が変わります。「私」から「私たち」になり、これが権力のシフトです。次にスキルのシフトです。「業務の監督者」から「パフォーマンス向上のためのコーチ」に変わります。最後に組織構造のシフトです。「固定的、物理的な環境」から「流動的、デジタル空間」へと変わります。

多くのマネジャーが危機にあり、またマネジャーは社員のエンゲージメントに多くの影響を与える存在です。若手の離職が一流企業でも問題ですが、直接の原因になるのは「職場の人間関係」それも「上司」という場合が多い。マネジャーの役割を変換することが急務になっています。

それでは変革を促すにはどこに注力すればいいのか?どんなスキルをマネジャーが学ぶべきなのか?
60社の調査で上位の回答は「コーチング」「コミュニケーション」「部下のウェルビーイング」でした。

ある通信大手では組織をフラット化し、マネジャーの役割を二つに分割しました。「リーダーオブピープル」つまりエンゲージメント、仕事のアサイン、研修、採用など「人間」の部分に責任を持つ人です。「リーダーオブワーク」は業務のプロセス、プロジェクトの完遂と結果に責任を持つ人です。上下関係はありません。

アメリカだけでなくこのような動きは日本にもあります。「管理職改革」です。
双日は「課長の役割の再定義」をし、副課長職を設けました。副課長は課長と部下との対話を一緒に補佐し、また次期課長の人材プールともなります。課長の部下の数も整理し、チームを小さくしています。

日東電工は「人材戦略シフトの肝が約1,000人の管理職改革」として、人事・評価制度も大幅に変更しています。「従来、課長昇格の平均年齢は40歳だったが、ここ数年は30代での部長抜てき」「23年度には管理職から一般職へ降格する人」もあります。待遇面も差をつける「本気の改革」が行われています。

同社が5月に発表した26年3月期まで3年間の中期経営計画では、重点項目に「挑戦を加速する組織文化改革」を掲げています。

日揮は部長の役割を3分割しました。「部長が潰れる」という危機感からです。部長とCDMとPDMの3名が同等の権限を持って120名の部下を持つ事例がありました。「日々の業務を管理し、収益を高める人繰りを担うPCM」と「人材育成を主導する」CDMです。CDMは「約90人の非管理職の部員のキャリア開発を支援し、成長につながる人事異動の計画もつくる」のです。

これは米国の事例のピープルとワークのマネジャー役割に似ています。場所に関わらず「管理職」の役割の再定義が求められているのでしょう。

マネジャーの仕事の変化を促したのは以下の4つの波とグラットンらは論じています。波は1990年代から始まり「リエンジニアリング」「デジタル化」「アジャイル化」と進み、最後がコロナ流行による「フレキシブルワーク」です。

働き方の変化、フレキシブルワークにより、部下たちは通勤に縛られない仕事の選択肢に気づいた。マネジャーたちは部下のエンゲージメントに大きな責任を負うようになったのです。


[2023.12.27公開]

参考資料

* DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「リーダーシップの転換点:部下の管理監督から成長支援へ(ダイアンガーソン、リンダグラットン)」(May 2022)

* 日本掲載新聞 「日東電工、「挑む管理職」1000人養成 評価厳しく降格も」(2023年7月27日)

* 日本掲載新聞 「日揮、3人で分ける「部長職」 高まる管理職負担にメス」(2023年10月26日)

* 日経ビジネス 「変革生むリーダーに役割を再定義 「副課長」や分業、ジョブ型も(鷲尾 龍一 他2名)」(2023年10月6日)

著者白河 桃子(しらかわ とうこ)
相模女子大学大学院 特任教授、昭和女子大学 客員教授、iU 情報経営イノベーション専門職大学 超客員教授、東京大学 大学院情報学環客員研究員

東京生まれ。私立雙葉学園、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒業。中央大学ビジネススクール戦略経営研究科専門職学位課程修了(MBA 取得)。
住友商事、リーマンブラザーズなどを経て執筆活動に入る。2008 年に中央大学教授の山田昌弘氏と『「婚活」時代』を上梓、婚活ブームの火付け役に。内閣府男女局「男女共同参画会議専門調査会」専門委員、内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員などを務める。働き方改革、女性活躍、ジェンダー、ダイバーシティ経営などをテーマとする。
著書に『ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち』(中公新書ラクレ)、『働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋』(PHP 新書)など多数。
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