なぜ今、人的資本経営なのか?
白河桃子氏による連載コラムの第2弾「働き方改革x人的資本経営最前線(全6回)」では、ビジネスパーソンの方へ、今更聞けないさまざまなワードを読み解きながら、働き方改革や人的資本経営の最前線を分かりやすくお伝えします。
2023年から301人以上の企業は「男女賃金格差の差異」と「男性育休の取得率」を有価証券報告書に開示する義務があります。男女賃金格差の差異は女性管理職比率とは違うもので、社員の男女別に賃金を足して人数で割って平均を出すというシンプルなもの。男性を100として女性は何%お金をもらっているかという数字です。英国などEUを中心に開示を義務化しています。
日本の数字はかなりひどいものになるのでは・・・と予測されていましたが、その通りでした。特に金融業界の格差は大きく、歴史が長く高収入とされる銀行や商社などは格差が大きくなっています。正社員のみでいくつかの企業を見てみます。
ファーストリテイリング…55.9%
伊藤忠商事…60.5%
三菱UFJ銀行…52.7%
トヨタ自動車…66.5%
大企業であり、くるみん、えるぼしマークもとって、女性の働きやすさを誇る企業も、賃金格差は70%いかないのです。この原因は企業内に「垂直分離」が起きていて高い給与の仕事(管理職)は男性に偏り、低い仕事には女性がついていることです。例えば同じ総合職でも転勤あり、なしのコース別人事は、実質男性、女性の職種として固定されています。また家庭内の役割分業も女性の賃金を低くします。長時間労働プレミアムといい、生産性とは関係なく、「休まない」「いざとなれば24時間働ける」「長く会社にいる」ことを高く評価する風土が、男性に有利に働くのです。就業時間後の遅い会議、週末のゴルフや夜の飲み会を中心にした情報共有も、時間を使える男性に有利です。
そしてアンコンシャスバイアスという課題です。「女性にはこの仕事はハードでは?」「女性はリーダーに向いていない」などのアンコンシャスバイアスが、無意識とはいえ女性の昇進を阻みます。だからこそ、ポジティブアクション(長く構築されてきた隔たりを是正する場合必要な時限的措置)が必要です。
それではどのように解消していくべきなのでしょうか?以下の5つが必要だと思います。
1.「昭和の人事管理制度」の見直し
2.評価、管理職要件の見直し
3.働き方の柔軟化、脱長時間労働
4.アンコンシャスバイアス研修(幹部から)
5.男性育休の推進(家庭内のジェンダー不平等にアプローチ)
Gender Action Platform 理事の大崎麻子さんによれば「今までの延長線上で考える積み上げ型の取組みでは賃金格差は解消しない。ありたい未来からのバックキャスティング思考が必要」と言っています。大崎さんらは生団連と一緒に「ジェンダー主流化企業分科会」を「企業における男女賃金格差の是正」をテーマに4回に渡って実施。まずは各企業担当者にジェンダーについてのインプットをおこない、最終回は実際の事例をもとに、ワークショップをやっています。まずは現状を把握し、各社が「ありたい未来」を想定し、2035年のKPIを決めて、そこからのバックキャスティングでアクションに落とし込むアプローチです。
大崎さんがいうとおり、日本企業の計画は「積み上げ型」が大半ではないでしょうか。バックキャスティングという手法に慣れていないのです。日本のメンバーシップ型雇用は、昭和の高度長期に作られた仕組みで、すでに男女格差を内在化した人事制度、慣行になっています。24時間の自分の資源のすべてを仕事にむけられる、専業主婦がいる男性だけを前提とした一律の人事制度は多様性の時代にはフィットしません。
まずは男女格差の要因分析、さまざまな指標で可視化します。それから未来をイメージし、KPIを設定し、打てる手は何かを考える。生団連のワークショップでは、各社は「ジェンダー平等な制度・風土作り」と「ポジティブアクション」の2軸からのアプローチをしました。
男女賃金格差は「人権」の問題であり、また「ジェンダー差別をしない企業」であることも指標です。グローバルには重要な指標であり、企業価値です。しかし日本企業では「人権」や「ジェンダー平等」という聞き慣れないワードでトップを説得するのは難しい。「多様な人々が活躍できているか」という人的資本の指標でもあるので、その観点からの説得も可能です。
必要なのは「目的」です。特にトップが「なぜ自社にはダイバーシティ(多様性)が必要なのか」という目的を明確にもって開示することが一番の推進になります。
それでは「目的」とはなんでしょう?最近女性活躍やダイバーシティに本気度の高い企業が増えてきました。その目的は「同質性のリスク」からの脱却です。日本の伝統的な企業は社員の平均年齢は50代に近く、また上にいくほど男性が多い。管理職は新卒からの同期で昇進を競い、最終的に同じ年齢層、同じ性別(男性)が経営層に上がります。同質性は「イノベーションが起きない」などの弊害もありますが、一番のリスクは見逃しが多く、集団浅慮が起きやすいのです。集団浅慮は個人の総和よりも質の低い決定が行われる現象です。同調圧力が働き、人々は疑問を持たないように自己検閲をします。外からの情報や不都合な情報は上がらず、内向きの集団となります。誰もが自社の事例を思い浮かべるのではないでしょうか?
同質性の集団は正解率も低いのです。米コロンビア大学ビジネススクールの実験では、問題を解かせたときの正解率に顕著な差がありました。ひとりでは44%の正解率、友人4人(画一的グループ)では54%、友人3人と他人1人(多様性グループ)では75%まで正解率があがります。
多くの企業不祥事、金融不正やデータ改ざん、パワハラ、炎上などの背景には同質性があるのです。変化の激しい時代には、「多様な視点」による解が必要です。日本のようにジェンダーギャップの大きな国では女性と男性は経験において大きな差があります。視点は経験値から培われるので、まずは女性の視点をいれてみましょう。多様な視点を持つ人が決定に加わることが同質性のリスクを防ぎます。
[2024.2.16公開]
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