【働き方改革x人的資本経営最前線】
第3回:人的資本投資にリターンはあるのか?自律的キャリアと手挙げの文化

人的資本投資のリターン 丸井グループ

なぜ今、人的資本経営なのか?
白河桃子氏による連載コラムの第2弾「働き方改革x人的資本経営最前線(全6回)」では、ビジネスパーソンの方へ、今更聞けないさまざまなワードを読み解きながら、働き方改革や人的資本経営の最前線を分かりやすくお伝えします。

よく「女性活躍やダイバーシティ推進、働き方改革で売り上げがあがるんですか」と聞かれます。同じように、「人的資本投資って、数字に直結するのですか?」という質問もすぐに出てきそうです。特に「やらない言い訳」に使われやすいのです。

しかし、直接数字に繋がらないと思われる投資に、ついに数字の結果が出てきました。長時間労働是正の働き方改革や、女性活躍、そしてダイバーシティ経営やESG経営で高く評価される丸井グループです。

人的資本経営の先駆者である丸井が最新の資料「丸井グループの人的資本経営 #1~企業文化の変革~」で、人的資本投資のリターンについて公開しています。

開示資料の最初に企業理念「人の成長=企業の成長」とあります。

人的資本の投資期間5年(16.4~21.3)▲320億円に対して、回収期間10年(16.4~26.3)560億円としています。IRR(内部収益率:Internal Rate of Return お金の時間的な価値を考慮して計算した利回り)を用いて、「IRRは12.7%となり、株主資本コストを上回る見込みです。」と説明しています。このような資料は初めて見ました。

丸井の青井社長がこの話をセミナーでされているのを聞いて、詳しく教えて欲しいと丸井に取材をお願いしました。経営企画部長、人材開発課長 つまり「経営企画」と「人事」の方が説明にきてくれました。これは「ダイバーシティ」や「人的資本」に本気度の高い会社の特徴で、人事のみにお任せではなく、経営企画と連動した人材戦略をやっているという証です。

この数字を開示した理由は、投資家から「人的資本投資にどのぐらいリターンがあるのですか?」と聞かれたことだそうです。

では、具体的に人的資本投資とは何をさすのか?教育研修費など当たり前の項目だけでなく、22年度3月の77億円の内訳は「新規事業に携わる社員や出向者の人件費、共創チームの人件費の半額」「職種変更異動した社員の1年目の人件費や新規事業のインキュベーション会社への出資額」など合計で77億円ということです。丸井では、独自の「グループ間職種変更異動」という制度で、グループ内の小売、フィンテックのメイン領域だけでなく、IT、住宅関連など、事業を跨ぐ人事異動が行われます。2023年3月期には異動した社員は累計で85%となり、異動による成長を実感した社員が86%となりました。また社内外の協働プロジェクトも盛んです。

それではどんなリターンがあるのでしょうか?

    「アニメ事業や、家賃保証サービス、ポイントで福祉団体などへの支援ができるヘラルボニーカードなど、新規事業から生まれる限界利益を想定しています」

「共創チーム」と呼称する他社との協働プロジェクトも動いたり、社内のコンテストでアイデアを募ったりしています。これもチームに入るのは手挙げが中心です。新規事業のアイデアを創出する機会は豊富にあり、常に動いているのです。

インタビュー中何回も出てくるのが「手挙げの文化」です。

社員は手挙げで自律的にキャリアを作り、アイデアを出しプロジェクトに参画する。ビジネススクール、経営者育成プログラム、会議さえも手挙げです。中期経営推進会議に出席するのは幹部だけではなく、論文を書いて応募して参加するのです。「一年目の社員の論文が受かり、上司の論文が通らない。そうなると上司が部下に学びにくることもあります」

みなさんの会社はどうでしょう? そんな「社員が自ら動く」という風土、文化はあるでしょうか?

実はこの「文化」を作り出すことに、丸井の人的資本経営はとても注力しています。

百聞に一見にしかずで、丸井の資料にある写真を見てください。使用前使用後のように、青井社長就任後の08年の経営推進会議の写真と、今の会議の写真の比較があります。以前の会議は黒いスーツの男性の背中ばかりが映っています。現在は若手も女性も多様なメンバーが明るい表情で発言しています。はっきりと違いと目指すところがわかる。人的資本投資の開示とはこうあってほしいものです。

(出所:丸井グループ「丸井グループの人的資本経営 #1~企業文化の変革~」 p.13-14)

私が青井社長に初めてインタビューした時の記事がこちら(日本経済新聞:「残業とおじさんは嫌い」が改革の原点 青井丸井社長)ですが、業績が低迷していた当時の苦しさと気づきを語ってくれました。

「いつもの営業会議で、食事もとらず頭がもうろうとしている時、はっと気が付いたのです。いつも同じおじさんたちばかり集まって、延々と意味のない議論をしていること自体が、業績が回復しない最大の原因なのではないか」と。

青井社長は05年の就任以来、多様性や風土改革、古いOSを脱し、新しい企業文化を作ることに17年取り組んでいます。そして今そのリターンを確実にとっています。

それではどんな会社が理想なのか?それもわかりやすく開示されています。

    「私たちが目指す企業文化は、強制ではなく自主性を、やらされ感ではなく楽しさを、上意下達のマネジメントから支援するマネジメントへ、本業と社会貢献から本業を通じた社会課題の解決へ、業績の向上から価値の向上へ」

社員が積極的に学び、異動し、発言し、チャレンジし、マネジメントは社員を支援する。こんな会社になったらどんなにいいでしょうか? あなたの会社の社員は「キャリアを会社のもの」として「自身で限界」を定めていませんか?

徐々にダイバーシティ、働き方改革などに熱心に取り組んできた会社とそうでない会社の違いを数値化する開示が進んでいます。丸井の他に2社が人的資本投資のリターンを数値化していました。

今は「2040年になって労働人口が減ったら」という、頭数の危機意識のみが語られやすい人的資本ですが、すでに熱心に取り組む会社にはリターンが現れています。人的資本投資のリターンは量ではなく質なのです。


[2023.10.13公開]

著者白河 桃子(しらかわ とうこ)
相模女子大学大学院 特任教授、昭和女子大学 客員教授、iU 情報経営イノベーション専門職大学 超客員教授、東京大学 大学院情報学環客員研究員

東京生まれ。私立雙葉学園、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒業。中央大学ビジネススクール戦略経営研究科専門職学位課程修了(MBA 取得)。
住友商事、リーマンブラザーズなどを経て執筆活動に入る。2008 年に中央大学教授の山田昌弘氏と『「婚活」時代』を上梓、婚活ブームの火付け役に。内閣府男女局「男女共同参画会議専門調査会」専門委員、内閣官房「働き方改革実現会議」有識者議員などを務める。働き方改革、女性活躍、ジェンダー、ダイバーシティ経営などをテーマとする。
著書に『ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち』(中公新書ラクレ)、『働かないおじさんが御社をダメにする ミドル人材活躍のための処方箋』(PHP 新書)など多数。
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